どんなに丈夫な金庫でも、カギがなければ意味が無い

「銀行は信用できん」というのが祖父の口癖だった。理由を聞いても、よほど思い出したくないことがあるのか答えようとはしなかったけれど、昔は自営業をしていた祖父と銀行との間に色々なトラブルがあっただろうことは容易に想像がつく。頑固で他人の意見を絶対に聞かない祖父だったから、きっとそのトラブルも相当こじれてしまったんだろうということも。

そんな銀行不信の祖父は、全財産を家の金庫に保管していた。よほどの財産があるのか何なのか知らないけれど、金庫と言っても洋服ダンスくらい大きくて、きっと天変地異が起きても、宇宙人が日本に襲来して爆弾を祖父の家に落とそうとも、きっとびくともしないだろうなと思われるくらい、祖父の性格がそのまま形になったような頑丈で物々しい金庫だ。

その金庫に何が入っているのかを知っているのは祖父だけだった。祖母ですら金庫の中身はおろか、カギの在り処さえ教えてもらえなかったのだ。「万が一のときのためにせめてお袋にだけはカギの場所を教えておけよ」という私の父の再三の忠告も聞かず、祖父は祖母にカギの場所を教えないまま、結局認知症になってしまい、とうとう祖父ですらもカギの場所が分からなくなってしまったのだった。そして去年祖父は帰らぬ人となってしまったので、本当に真相は闇の中になってしまった。残された私達は、それこそ必死になって家中をひっくり返すようにカギを探したけれど、いくら探してもカギは見つからなかった。決して開かない金庫を眺めながら、私たちはため息をつくしかできなかった。

どんなに丈夫な金庫でも、カギがなければ意味がないのだ。どんな金庫でも開けるという鍵師という人がテレビで特集されていたので、そういう人にお願いするか、もしくはチェーンソーか何かで穴を開けて実力行使をするという手段を取るか。そこまでして空っぽだったらどうする?という私の質問に、重い沈黙が家族間に流れたのだった。